STAR FRONTIER Annex

年に二度、高校野球の季節に集中更新する観戦記ブログ。過去サイトの名残りも。

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上田佳範(松商学園-日本ハム-中日)が引退

 日本ハムや中日で活躍した外野手・上田佳範選手が引退を表明しました。
 東京ドーム時代の日本ハムを支え、そして晩年は中日で過ごした自身の野球人生を「周りの人に恵まれた幸せなもの」と振り返り、ユニフォームを脱ぎます。
 ファイターズファンにとっては「リーグ屈指の強肩外野手」という印象が強いでしょうか。投手出身の肩を生かした外野のユーティリティープレイヤー、あるいはバイプレイヤーとして過ごした期間が長かった選手です。

 彼を高校野球のヒーローとして記憶に留めている人も多いでしょうね。
 球歴は実に華々しい。長野県に生まれ、松商学園という戦前からの名門校でエースとなり、打撃でも四番打者。投打にわたる活躍で1991年、春・夏の甲子園に連続出場を果たします。信州の古豪復活を印象づけたこの2大会で、彼が迎えた結末の悲劇性は人々の注目を集めるに足るものでした。
 春は愛工大名電(愛知)と対戦し、鈴木一朗――現在メジャーリーグで活躍する天才打者――を無安打に抑えました。しかも最後の打者が鈴木だったのです。1点リードで9回二死一、二塁というピンチに後の天才打者を打ち取り、「甲子園にいい思い出はないんです」とまで言わしめることになります。
 上田は好投を続け、天理、大阪桐蔭など強豪を破って決勝にまで進出。対戦相手は広島・広陵高校。連投の疲れから打ち込まれた上田は降板し、ライトの守備位置に入ります。そこで彼を襲った悲劇は当時の新聞にこう書かれています。
『9回裏二死二塁。打球はライトを守っていたエース・上田の頭上を襲った』。
 5-5の同点で迎えた9回裏の二死二塁。ライトへの大きな飛球を捕ろうと懸命に背走する上田のグラブをかすめ、打球は外野を転がりました。二塁走者が生還し、広陵高校が歓喜のサヨナラ勝ち。
 普通の外野手であれば捕れていたであろう打球です。ただ本職は投手の上田、外野を守るのは不慣れでした。
 試合後、号泣しながら「夏に絶対また来ます」と言い残した姿は多くの人の心を打ったことでしょう。

 そして4ヵ月後、長野大会を経て上田は甲子園に戻ってきました。
 3回戦の四日市工(三重)戦は延長16回の激戦となりました。大会屈指の左腕・井手元健一朗(後に中日-西武)との投手戦はこの大会のベストゲームでした。
 3-3の延長16回裏、一死満塁のピンチでバッターは四番・上田。この打席で井手元の232球目は、左打席に立つ上田の右肩を直撃するサヨナラ死球となってしまうのです。
 泣き崩れる四日市工・井手元-中村のバッテリー、絶句するアナウンサー。そして死球を受けた「右肩が痛かったので」小さなガッツポーズを左手で作り、一塁へ向かう上田の姿は今でも鮮明に思い出せます。

 松商学園の次の試合、準々決勝が行われるのは翌日でした。対戦する星稜(石川)には2年生の松井秀喜(巨人-ヤンキース)がいました。
 星稜と松商学園は前年の秋、センバツ大会出場をかけて北信越大会の準決勝で対決しています。松井はそのとき上田の前に無安打に封じられ、「野球人生で初めて壁を感じて、大きな影響を受けた」のですが、前日に延長16回で207球を投げ、更に利き腕にデッドボールを受けた上田の投球は精彩を欠いていました。氷で一晩中ずっと冷やしても上田の肩の痛みはとれず、松商学園はここで敗退。前日の試合が9回で終わっていれば、結果は逆だったかもしれません。

 これが高校時代、上田選手が甲子園で迎えた二度の悲劇です。プロ野球選手としてより、高校野球のヒーローと記憶される理由もわかるのではないでしょうか。
 残念ながらバッティングが完全には開花しなかった――ということになるのでしょうか。1997年に打率3割をマークしたときは「いよいよ来たか!」と喜びましたが……すぐにファイターズの看板選手になると思っていたんですけどねえ。
 それでも16年間もプロで飯を食い続けたのは、彼が非凡だったことの証明でしょう。
 今まで本当にお疲れ様でした。上田佳範選手は私にとってもヒーローの一人です。

 上田佳範は外野手転向後、強肩のみならず堅守の外野手と評価されることになります。
 思えば彼のその外野守備は、春の甲子園の決勝で外野フライを捕れなかったことが起因しているのかも知れません。相当練習したのでしょうね。
 しかも外野転向後、彼が主に守ったのはライトです。甲子園に続き、「降板後」の上田が向かった先はライト。運命的なポジションだったと言えるでしょう。
 そこで名手と評価を得るまでに成長したのですから、やはり上田佳範は素晴らしい選手だったと感じますね。

 その上田選手の引退試合が、昨日27日に行われました。
 ナゴヤドームの横浜戦で「6番・右翼」で先発出場。1回二死一塁で打順が回り、初球を打ってピッチャーゴロ。必死で一塁へ走ったがアウトになり、そこで試合から退きました。
 中日はクライマックスシリーズ進出へ向けた激しい3位争いの渦中にあります。試合は9回裏、一死満塁から和田が押し出し四球を選んでサヨナラ勝ちを収めました。
 上田選手、最後の試合は押し出しでサヨナラ勝ち――甲子園での四日市工戦を思い出してしまいました。
 やはり上田は、どこまでも甲子園の気配を漂わせる選手だったのかもしれませんね。
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この記事のコメント

この記事を見て知りました。
今年は出ていなかったので危ないかな、と思っていたのですが……
残念ですが、成績を考えれば仕方ないですかね。
とにかくお疲れ様でした。
これで故郷のヒーローがいなくなってしまったなぁ。
誰か出てきてくれないものかな。

引退試合までしてもらえるようで何よりなんですが……
中日、そんな余裕あるんですかねえ(汗
こうなったらせめてCSには出て欲しいものですが。

ライオンズが優勝したのにチームは負けてたり、こんな記事を見たりで優勝したハズなのに何故かしんみりしてます。
2008-09-27 Sat 03:52 | URL | ミスリルマイン #Z0GUnKGM[ 内容変更]
 よく頑張ったと思いますよ、上田選手は。16年ですからねえ。ここまで現役を続けられる選手なんて本当に少ないですし。本当にお疲れ様でした。

 引退試合、最後は投手ゴロだったようですね。異例の引退試合と確かにスポニチに書かれてました。
http://www.sponichi.co.jp/baseball/flash/KFullFlash20080927088.html
 まあ、相手が横浜なら勝てると踏んでの引退試合なのかもしれませんが(笑)、中日も何とか勝ったようですね。上田の引退試合がプレーオフ進出争いに水を差さなかったのはよしとすべきでしょうか。

 長野県出身の選手だとオリックスの金子投手が今季10勝を挙げてますな。長野商業でしたね。甲子園にも出ています。
 今年は東海大三の甲斐拓也投手がプロ志望届けを提出しました。かなり評価は高いようで、ドラフト上位で指名されると見られます。新しいヒーローも育ちつつありますよ。
2008-09-27 Sat 23:18 | URL | ユーロ #fayNu64Q[ 内容変更]
週刊ベースボールの数号前に上田選手の引退インタビューが掲載されていて、読みました。ユーロさんのご指摘のとおり、10年以上プロの世界に身を置いていた上田選手はやはり僕ら郷里のヒーローです。あの当時の松商学園はほんとに強かった!! 僕は松本地域にライバル心を燃やす(??)上小出身ですが、テレビにかじりついていましたよ。youtubeにゴジラ松井とイチローの対談映像があるのですが、その中で、甲子園の思い出を語る場面で、上田選手/松商学園のエピソードも出てきます。今後はコーチとして後進の指導にあたるとか。
2009-01-16 Fri 18:26 | URL | たん #kuX..F9k[ 内容変更]
>たんさん
うあああああああ、ごめんなさい。コメントされてるの気づきませんでした……。

週刊ベースボールのインタビューは私も読みました。YouTubeは今から見に行ってみます。
私も東北の雪国出身ということもあって、長野県のチームには親近感があります。
雪国のチームがなかなか甲子園では勝ち進めない中で、松商学園・上田投手の快進撃は
希望を感じさせてくれるものでして、子供心に必死に応援していました。
これからの第二の野球人生が始まるようですが、素晴らしい選手を育てて欲しいですね。
2009-02-05 Thu 22:50 | URL | ユーロ #fayNu64Q[ 内容変更]
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